大阪地方裁判所 昭和44年(わ)2893号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(強姦致傷罪の成立を認めなかつた理由)
一、本件公訴事実は、「被告人三名は昭和四四年九月六日午前一時二〇分ごろ、東大阪市下小坂九二番地先の屋台店を出て帰宅途中の緒方京子(当時三〇歳)を認めて劣情を催し、共謀のうえ同女を強姦しようと企て、被告人森が運転し爾余の被告人が同乗する乗用自動車で同女を追尾し、同市下小坂八一番地先路上で同女に追いついて同車を停め、被告人森において同車運転席より道を尋ねるように装つて同女に話しかけ、その隙に被告人奥田において秘かに助手席側から下車して矢庭に同女の後方よりその両腕、頭髪を掴んで押し、被告人谷掛において車内より同女の手を掴んで引張つて同女を同車内に引き摺り込み、人目につかない場所に行つて車内で同女を強姦するため同車を発車させたが、八尾市美園町四丁目七〇番地先路上にさしかかつた際、折りから同所で自動車検問に従事中の警察官に発見逮捕されたためその目的を遂げなかつたが、その際、前記暴行により同女に対し治療約一〇日間を要する右下腿、右膝部および左右上腕部打撲傷の傷害を負わせたものである。」というもので、右各所為はいずれも刑法一八一条(一七七条前段)、六〇条に該当するというのである。
二、そこで、まず、被告人三名の判示認定の共謀による暴行が右公訴にかかる強姦致傷罪の実行の着手といい得る暴行であるか否かにつき検討するに、実行の着手の意義については、客観説主観説の対立があることは周知のとおりであるが判例は、あるいは犯罪構成要件に該当する行為を開始することをもつて実行の着手とし、あるいは直接構成要件に該当しない行為であつてもこれに密接した行為が行なわれたときをもつて実行の着手とする。しかし、構成要件に該当しない密接行為をもつて実行の着手とする判例は、主として、構成要件上手段の特定されていない窃盗罪について発展してきたものであつて、刑法一七七条前段にかかる強姦致傷罪の如く、構成要件上その成立に特定の手段が要求されている場合には、特定されたその手段たる暴行、脅迫すなわち姦淫の直接の手段とする意思で行なわれ、かつ強姦の手段として構成要件的定型を有する暴行脅迫の開始、いいかえると、右犯罪構成要件の一部に該当する行為の開始があつたとき実行の着手があつたものと解するのが相当であつて、かような場合にまで構成要件に該当しないがこれに密接した行為という曖昧な概念を用いて、実行の着手の時期を決しようとするのは適当でないといわなければならない。
前掲各証拠および司法警察員作成の各現行犯人逮捕手続書(三通)によると、被告人三名は判示の日深夜、被告人森の運転する乗用自動車に乗り、東大阪市下小坂九二番地先路上にさしかかつた際、たまたま同所を通行中の緒方京子を認め同女を強姦しようとする意図のもとに、前記八戸の里小学校北側付近路上に右自動車を停め、判示認定のとおり、被告人三名が共謀のうえ同女に暴行を加え、同女を無理に右自動車に乗せた結果、同女に判示のような傷害を負わせこと、被告人三名は、同女を右自動車に乗せるや、被告人森がこれを運転して同日午前一時半ころ、同所より約三キロメートル離れた八尾市美園町四丁目七〇番地の中央環状線道路上を南方に向けて走行中たまたま同所でいわゆる自動車検問に従事していた八尾警察署警察官らに発見され、逮捕監禁および傷害の現行犯人として逮捕されたため、姦淫行為に至らなかつたこと、判示犯行現場は、近鉄奈良線八戸の里駅南側にある空地前より東西へ通ずる約七メートルの舗装道路を右空地西側から東側へ約一五〇メートル入つた地点であつて、この地点は東大阪市立八戸の里小学校北側付近路上の新興住宅街で、右道路両側には商店、アパートなどが建ち並んでおり、本件犯行当時は深夜であつて人通りは少なかつたけれども、場所柄、全く人通りがなかつたという訳ではなく、被告人三名が本件犯行現場付近で、同女を強姦することは困難であつたと考えられること、かような事情もあつて、被告人三名は、同女を右自動車に無理に乗せたその場で強姦する意思を全くもたず、ひとまず、同女を無理に右自動車に乗せたうえ、一応の目的地を近鉄大阪山田線山本駅付近と予定し、乗車場所からかなり隔つた適当な人気のない場所へ連れ去り、そこで同女を強姦する意図を有していたことが認められる。
もつとも、被告人谷掛の検察官に対する昭和四四年九月一六日付供述調書中には、「何処か人目につかない出来るだけ近い所へ女を連れて行き、車の中で三人で代る代る強姦出来ると思つておりました。」旨被告人奥田の検察官に対する同日および同月一三日付各供述調書中には、「何処か近くの人目につかない所へ女を連れて行き、車の中で三人が交替交替で女を強姦できるものと思つていました。」旨の供述があるけれども、他面、被告人谷掛は、司法警察員に対する同月九日付供述調書(八枚のもので図面が添付されているもの)中で、「女を無理矢理に車に乗せて閉じ込め、皆と一緒に何処か淋しいところで輪姦する心算でしたが、何処まで連れて行くのかは森の意思にまかせておりました。」旨供述(ただし、被告人谷掛および同奥田についてのみの証拠」し、第三回公判調書中の証人奥田利明の供述部分によると、被告人奥田は、「同女を自動車に乗せて何処へ行くのか分らなかつたが、森が運転していたので、行先は森にまかせていた。」旨供述(ただし、被告人森および同谷掛についてのみの証拠)し、被告人森は、検察官に対する同月一三日付供述調書中で、「同女を近鉄山本駅付近にでも連れて行つて、三人で代る代る強姦出来ると思つていた。」旨供述し、さらに、緒方京子の検察官に対する供述調書(ただし、被告人奥田についてのみの証拠)および第二回公判調書中の証人緒方京子の供述部分(ただし被告人森および同谷掛についてのみの証拠)によると、被告人奥田が被告人森に「和歌山の方へ行こう。」という趣旨のことを言つていた旨供述しており、さらに、前記認定のとおり、被告人三名が判示犯行現場から約三キロメートル離れた八尾市内を走行中発見逮捕されたことからすれば、被告人三名において、乗車後まもなく、判示犯行現場からほど遠くない所で、かつ右自動車内で同女を強姦しようとしていたものであるという被告人谷掛および同奥田の検察官に対する前記各供述はたやすくこれを信用することができず前認定の如く乗車場所からかなり隔つた場所に連れ去つてその場で強姦する意図を有していたものと認定するのが相当であり、また、必ずしも車内で強姦する意思であつたものとも認定できない。
以上認定の事実に照らすと、被告人三名の判示暴行は、直接強姦の手段とする意思をもつて行なわれたものではなく、いつたん、同女を右自動車に無理に乗せてかなり隔つた適当な場所へ連れ去るためのものであり、強姦の手段としての構成要件的定型を有するものでもなく、したがつて、強姦致傷罪の構成要件該当行為の一部ではなく、その準備行為に過ぎないものであつて、前記暴行をもつて、本件公訴にかかる強姦致傷罪の実行の着手があつたものということはできない。
(石松竹雄 松本朝光 浅野正樹)